マネジメント層のセクショナリズム

先日、日本の労働市場の閉鎖性について書かせていただきました。

そこでは、労働市場の流動化が進まない大きな原因として、転職が不利であるという厳然たる事実の存在をあげました。そして、その核心は、年功序列・終身雇用を前提として成り立っていた企業のそのプロパー従業員をマジョリティとする組織の中で、中途入社組が転職先で正当な評価をされにくい、という状況からきていると推察しました。

今回はさらに一歩踏み込みます。

末端の従業員が転職したがらないのはもとより、日本のマネジメント層自体が、部下を適材適所に配置転換して効率化を図るという意識に疎いのではないか、という考えを思い起こさせる事実についてです。

具体的には医療機関のコロナへの対応です。

テレビをつければ、コロナ、コロナ。このままいくと、医療崩壊。私は医療についてまったくの門外漢で、とやかく言えることは何一つないのですが、単純な疑問があります。

それは、人口当たりのデータでみて、欧米のコロナの感染者数・死者数は日本のざっくり50倍、これに対し、医師・看護師数はほぼ同じ、欧米病床数は日本のほぼ半分という事実、そして、欧米でもほとんど医療崩壊が起きていないのに日本で医療崩壊が声高に叫ばれているという事実、この両事実の整合性です。

日本の医療崩壊の恐れについては、テレビのコメンテーターだけでなく、医師会の会長やお偉方もおっしゃっているのでそうなんでしょう。

では、この歴然としたデータの違いの中で日本に医療崩壊が起こる、どのような合理的な説明ができるのでしょう。

 

答えは、日本の医療機関の機動性の低さにあるとの説があります。

院内でのICU病床数についてみてみると、欧米では患者の数に応じて、臨機応変にICU病床数を増減できているのに対し、日本では増やすのにも時間ががかるし、いったん増やしたら減らすことも難しい、というデータがあります。

また、患者数でひっ迫している地域があれば、国を超えてまで融通を利かせる欧米諸国に対し、市町村レベル、病院レベルでの移動もままならない日本、、、

 

このコロナ禍での医療機関の機動性のなさ、効率性の悪さをとってみても、日本社会全体の問題点を浮き彫りにしていると思うのは私だけでしょうか、、、